2014年04月14日

ビオラちゃんは勝手に咲くけど電車は止まる

胸に造花をつけたスーツ姿の女性と少しサイズが大きい学生服を着た人々が何かのプリントを読みながら歩いています。
入学式のこの時期桜並木の下でよく見る光景。
桜の花びらが渦を巻いてクルクル回っています。
子供達は道路に落ちた沢山の桜の花びらを手ですくい友達どうし頭から花びらをかけ合って笑っています。
私はそんな桜の渦をひらりひらりと上手い事交わしながら全速で自転車を漕ぎます。
能天気に染まったピンクの道路、確かにそれはとても奇麗だなって思うけど、この季節はもの凄く気分が落ちるのよ。
それを知っているからこんな光景から視線を外し、私の向かうべき場所に連れて行ってくれる電車に乗ります。
だけどここ最近の電車ときたら人身事故で何度も止まってばかりで、私の中の統計では桜の咲く時期には電車がやけに止まるという方式が出来てしまっております。
もう直にでも進みたいというのに思い通りに行かず何だかそれは今の自分のようです。
特にこの季節停滞している自分がもの凄く気になり嫌になる。
なんで嫌になるかって言うと、私自身がどんどん淀んで光り輝く事なんてこの先無い事が嫌という程分かっているから、新しい学生服着た人や、新入社員らしき人たちのキラキラ具合を見ていると自分とその人たちのコントラストがさらにさらにはっきりとしてもう本当に何だか分からないけどとっても焦ってしまうのです。
進みたいのに電車は止まる。
人身事故というけれど、もしかして自殺なのかしら?とふっと思った。
でももしそうだとしたら同じような事を思っている人は沢山いるんだ。もっともっと想像もできない位繊細で深刻な人々が。
人間考えている事はたいして変わらないってだんだん分かってきました。
自分が特別でも劣っているのではなくて、深刻度の程度はあるけれどこの季節落ち込む人は沢山いるんだ。
だから今真新しい制服だって数年後にはヨレヨレになってさらに数年後には私と同じような事思うのよ。


家のベランダのビオラちゃんは何にもしないのに毎年勝手に育って花を咲かせます。
それはそれは長い間、雪の日も風の日もいつでも満面の笑みのビオラちゃん。
今はもう大分元気が無くなってきたけどそれでも太陽の光を沢山浴びていつだって輝こうとしているから健気でたまらない。
だから私も色褪せてだれも振り向かなくても勝手に笑っているようなたくましいビオラちゃんを見習って、
、誰からも求められていなくても勝手にやり続ける、そんなビオラちゃんのようになりたいです。
posted by kyoko at 14:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月22日

2013年、私の頭から消えなかった映画です。

ビックリするのが20年前に確かに見た映画を再び見た時その内容をほとんど覚えていない事。
確かに20年前に感動で心弾みドキドキしてたのに、そのドキドキの感覚だけを心に刻んで内容は殆ど覚えていない。
だから物忘れの激しい私は今後の人生、昔見た映画を見るだけでも良いのではと思ったりします。
なので昨年も新作はそれほど見ていないのだけど、記憶がポロポロとこぼれ落ちないように面白かった映画を書き留めておきます。

2013年心に留まった映画の中の10本

1位   ホーリーモーターズ
2位   私はロランス
3位   ロード・オブ・セイラム
4位   ムード・インディゴ うたかたの日々 ディレクターズカット版
5位   オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ
6位   地獄でなぜ悪い
7位   キャビン・イン・ザ・ウッズ
8位   フラッシュバックメモリーズ 3D
9位   シュガーマン 奇跡に愛された男
10位  バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所

10本といいながらこの2本もとっても好きな映画でした。
クロニクル
クソすばらしいこの世界

「ホーリーモーターズ」は不思議で混乱する内容で3回見に行きました。
見れば見るほど不思議なんだけど、なんでだろう凄く引きつけられます。
私は映画を見る時なるべく憑依して見ます。
だから何度も何度も殺され血みどろになります。
この映画も色んな人に憑依して死んで生きて、それは俳優の一生でもあるようだけど、憑依して映画を見ている私たちの事のようだとも感じました。

本当に次々と忘れて行くので今年は絵を描いて書き留めて行くのが目標です。
今年も楽しみな映画が沢山あるのでまだまだ生きていようと思います。
posted by kyoko at 15:16| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月12日

ギャラリーダズルの『いろはCarta』展に参加しております。

お知らせが遅くなりました。
ギャラリーダズルさんの「いろはCarta展」に参加しております。

「いろはCarta展」 イラストレーショングループ展
2014年01月07日(火)〜 2014年01月19日(日)
12:00〜19:00 (最終日17:00まで)

参加者などの詳細はこちらです
イラストレーター48名の「読み札」と「絵札」の面白くて見応えのある展示で年初めにとても楽しめると思います。
カルタも販売しております。
お近くに来たついでにお立ち寄り頂けたら嬉しいです。

私の読み札は「さ」でございます。
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【自分のカルタについて一言】 
「人間だけにあるもの、それは秘め事(人間失格・太宰治)」
森は秘め事がいっぱいの人間を引き寄せます。私は
秘め事が溢れないように森を飼いなんとか保ってい
ます。隠しきれない人は森を飼う事を勧めます。
posted by kyoko at 22:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あけましておめでとうございます

もう半月が過ぎようとしていると思うともうすでにぞっとしています。
年賀状もやっと出し終わりました。
一人一人時間の流れは違うのだから、人それぞれの時間の単位があったらいいな〜と思います。
そしたら私は心の中だけは永遠に歳を取らない17歳でいられそうです。
自意識過剰とかそういう面倒くさい部分はいらないけど、いろんな事を感じやすい部分だけは17歳でいたいと思います。なぜ17歳かというとなんだか響きがよいから。

年始に映画「かぐや姫」を見ました。内容はもうすでに知っているので絵だけを期待して見に行ったのだけど、内容もとても良くて、あの「かぐや姫」をこう解釈するのかと思うと年始にとてもよいのを見れて満足です。
「生きていると思い通りに行かない事や、叶わない願いの方が多いし、知らないうちに誰かを傷つけたり後悔ばかりで、嗚呼、こんな筈では無かったのにとか、ここではないどこかにいけたら違う人生があるかもって思ってしまうけど、それでもこの世で生きていたい。この世は素晴らしい。生きているだけで幸せ。」と私は解釈しました。
私も人を傷つけたり、後悔や、こんな筈ではなかったというのが沢山あります。
沢山ありすぎて今でも変わりたいと常に思っていますが、でも生きているだけで幸せって確かにそう思います。
でも「ここではないどこかにいけたら違う人生がある」とは思いません。
私という人格で生まれてきた以上こうなるしかないと思っています。
それは悲観的な意味ではなくて、あきらめの中にも「それはそれで楽しいよ」という気持ちです。
何の根拠もないけど、とにかくいつだって未来は光り輝いているって、そうにしか思えないのです。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

今年の年賀状です。
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posted by kyoko at 14:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月01日

一瞬の中の永遠を凍らしたわ

「宇宙は永遠」それは私が子供の頃からの常識でした。
難しい宇宙の法則は分からないけど、永遠に膨張しているってそう聞いていました。
そして宇宙以外に永遠はあるのかしら?この地球上に永遠はあるのかしら?とずっと永遠を探すため私は旅をしていました。
そして数年前、旅につかれボロボロになったある日結局永遠なんてこの世には存在しないのではと思い始めました。
無いなら永遠なんて言葉は必要ないのではとも思い始めた矢先、永遠を見つけました。
永遠を見つけた瞬間、映画「気狂いピエロ」のラストシーン、そうあのランボーの詩、
「見つけた。何を。永遠を。海と溶け合う太陽を」
を思い浮かべました。

私が最初に永遠を見つけたのは音楽の中にでした。
大好きなバンドのライブを見に行った時、自由奔放な音の中にある純粋なものにこの上なく感動しました。
その時思ったのです。
「みつけた。永遠を」と。
一瞬、心がキューとなりました。この感覚は何と表現してよいのか分からないのだけど、兎に角この一瞬の中に永遠を見つけたのです。この時の一瞬の感動は永遠なんだ、キラキラとしていて絶対色褪せる事ないんだと。
永遠は一瞬の中にあるんだと。私はそう確信しました。
この一瞬の感動には人生をかえる程の衝撃が確実にあります。
幸せはそれに出逢うかどうかなのではないかって。
何で今迄気がつかなかったのだろう。多分世の中の皆は気がついていたのだと思うのだけど。
それまで私は人の心の中に永遠を見いだそうとしていました。
でも心は不確かで、自分でも自分の心をコントロール出来ず、うつろい変わる物なのです。

永遠は、映画の中にもありました。
最近の事だと、先日観た「ウォールフラワー」という映画の中にも永遠をみつけました。
高校生活の物語なのですが、映画の中で車を走らせDavid Bowie の Heroesの曲が始まると女の子が車の天井の窓から身を乗り出し腕をのばし車が疾走するシーンの中に永遠を見つけました。
そう思った直後、映画の中で「この瞬間こそ僕らは無限だ」とナレーションが入りました。
何だか映画とシンクロした気分になりました。

映画『汚れた血』にもDavid BowieのModern Loveで疾走するシーンがあります。
これも永遠を感じまくりました。
そしてラストの疾走のシーンも気が狂うほど永遠でした。

私はそんな生活の中の永遠を沢山あつめて凍らして、一瞬のキラキラをいつまでも眺めていたいです。
これはそんな思いで描いた絵です。

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一瞬の中の永遠を凍らしたわ
posted by kyoko at 16:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月06日

福井先生の本

私が絵を見てもらっているイラストレターの福井真一先生の本が出版されました。

楽しく描けるイラストのコツ27
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アマゾンのページはこちらです


先生のイラスト教室での課題を中心に生徒さんの作例と先生のコメント等が載っています。
何よりも先生の課題はとても面白いです。
課題の絵を描いていると自分も知らない自分の中の物をグイグイと引き出してくれます。
先生の教室の生徒さんは自由な絵が多いです。そしてあまり似たような絵はありません。
それは凄いな〜と思います。

私の作品も数点載せてもらいました。




「絵を載せてくれ」と殆ど恐喝気味に先生に絵を送りつけました。
普段の活動もこの位の積極性と行動力が欲しいです。
そうです、私に一番足りないのは積極性と行動力です。
あと開き直りと無神経さです。
絵の課題もですが、人格の課題も沢山あって大変です。

もしご興味がありましたら是非ご覧になってみて下さい。
posted by kyoko at 21:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最終回のお仕事の絵。

今回で終わりの別册文藝春秋『ナイルパーチの女子会』柚木麻子さん著の扉絵を描きました。
終わってしまうのは本当に寂しい小説でした。
女子同士の人間関係を上手く築く事ができない、その感覚が手に取るように良く分かる心にズンズン来る内容でした。

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私も似たような経験はありました。
ついさっきまで仲が良かった友達が突然何の連絡もよこさず遠ざかってしまった事。
10代後半の頃、毎日のように遊んでいた友達Kちゃん。
好きなバンドのライブに一緒に行ったり、映画を見たりほぼ毎週会っていたほど濃密な日々でした。
私は本当に大好きな友達だったけど、ある日なんの前触れもなくその関係は断たれ赤の他人になりました。
私の方から電話したときKちゃんは「もう会わないし、遊ばない」と言いました。
私は訳けも分からず「理由を聞かせて欲しい。嫌な事したなら言って欲しいよ」と訪ねると
「理由というかもう遊ぶの辞めようと思った事は前から何度かあったよ。
彼氏にも遊ぶなって言われたんだよ」
私は「嫌いと思った事は私は一度も無かったよ。
でも嫌な思いをさせていたみたいでごめんなさい。
今まで遊んでくれて本当にありがとう。もう連絡しないね。」と言って電話を切りました。

そしてそれ以降どうやって友達関係を築いていったらよいか分からなくなりました。
これは今でも多少あるのですが人と深く関わるのが怖いというのもあります。

とは言っても続く人は続きます。「あんたむかつく」と言って喧嘩をしても次の日には笑って会話出来る人もいますし、その反対に私からフェードアウトした人もいます。

そして「来る物拒まず、去る者追わず。」が私のモットーになりました。
来るものを拒まなすぎてとんでもない人が来る事もありますが、それももの凄く楽しんでいます。
何事も押し付けない、私の事分かってちゃんにならない、そういうのってダサいって事が分かったらとても楽になりました。
ちょっとした距離感がある方がとても心地よいのです。
よく友達って「何でも相談出来る」とか「何でも分かってくれる」と言いますが、私の場合そうではなくて、もの凄く下らないこれ以上ない馬鹿で意味のない話を飽きもせず話せるというのが一番だと思います。
posted by kyoko at 20:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月01日

日常を壊したい欲求

私は物心ついた頃から「こんな変な事を言ったら、皆の反応はどうなるんだろう?この状況を変えてみたい。」という欲求が異常に強く、突然に突拍子もない事を言ってはその場を笑わせるのが好きでした。
良く言えば「日常にある開く事がない小さな窓を少し開き違う風景を見たい」という欲求が強いのです。

それは会話だけには収まらずある行動に出る事もしばしばありました。

20年以上前、上京したての私は古着のフェイクファーのコートにベレー帽を被り、ミニスカートにペイズリーのタイツという気が狂ったような出で立ちで原宿を探索してました。
すると奇麗な色っぽいお姉さんが私に声をかけてきました。
「美大生ですか?いかにも絵が好きそうですね。今この近くで絵の展示をしてますが見に来ませんか?」と声を掛けてきました。今ならありがちのセールスと直に分かるので無視しますが、当時の私は無知でありおまけに暇で、好奇心も旺盛、そしてお得意の「日常にある小さな窓」を開きたかったので何の躊躇もせずお姉さんの言うギャラリーに足を踏み入れました。
当時私は絵は描いていませんでしたが絵は好きでした。
でも残念なことにそこに飾ってある絵はどう見ても好きな絵ではなく色も形もセンスがなく、良いと思う絵が一つも見つかりませんでした。
がっかりして帰ろうとしたらお姉さんが「この絵の前に座って下さい」と言うのです。
私が座ると「どうですか、この絵が自分の部屋にあったら素敵でしょう?
朝起きるとこの絵が迎えてくれるのですよ。それが1日コーヒー1杯の金額でその願いは叶うのですよ。」
と言ってきました。
そう、お姉さんは「この絵を部屋に置けばあなたが望む日常の小さな窓を開き違う風景が見えますよ」といいたいばかりに自信満々で言ってくるのです。
でも私はこんなダサい風景を見る為にこの窓は絶対に開きたくなかったのです。
そして純真無垢な素直な私は「すみません、この絵を全く良いとは思いません。部屋に置きたくないし私の趣味にはあいません」
と断りました。そしたらお姉さんはそれ以上なにも言わず速やかに引き下がりました。

それ以降私はこういったセールスの裏側を覗くのが楽しみになってきました。
ある日渋谷を歩いていると「ann annやnonnonの雑誌のアンケートですがちょっと良いですか?」と20代の男性に声を掛けられました。
アンケートだけならと了承すると雑居ビルに連れて行かれ本当にアンケートを書かされました。
その内容は自分の体の事について。「奇麗になりたい所はどこですか?お肌の調子は」などというアンケートです。私はそれに「私は今のままで十分奇麗だしこれ以上奇麗になる必要はないです。肌も奇麗だしスタイル抜群なのです。」と書いたらそこにいた女性は苦笑い気味に「そうですか。あなたには必要ありませんね。」とこれまたすんなり返してくれました。
エステの勧誘だったのですがまったく戦いがいのない相手です。

こういった体験が私には沢山あります。怪しい霊感商法や怪しい宗教など。
人に言うと「本当に怪しい出来事が寄ってくるね」と言われます。
さすがにそんな事にいちいち首を突っ込んでみるのは20代で辞めましたが、当時はやっていた「裏物の本」が好きでそのライターになりたいと一時思ったりもしました。

この行動で得た事は怪しい物を見分ける臭覚と、裏側の扉は至る所にあるという事。
先日も家の郵便受けに「ヨガの無料体験」のビラは入っていました。
ダイエットもしたいし行ってみようかなと思ったけど、怪しい匂いがプンプンする内容でした。
ネットで調べると案の定怪しい所でした。

今はこの「違う景色を見たい」欲求は自分の妄想の中だけでする事にしました。
それ以外にも、映画や本で事足りるようにはなりました。
何よりも絵を描く事で日常を壊したい欲求は満たされるようにはなりましたから一安心です。



posted by kyoko at 03:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月17日

お仕事の絵と新しく描いた絵を幾つかアップしました。

もの凄くヘビーでパワーのある小説です。
どんどん泥沼になっていって、何かがパチンと弾けたようにずんずんと堕ちていく。
エゴと独りよがりの行動でひっくり返るような展開です。
あ〜、あと1回で最後になるのがとても寂しいです。
本を読んで、浮かび上がった絵が幾つかあって、これだと思ったのを絵にしてみましたがどうでしょうか?
もっともっと素敵な絵が描けるようになりたいです。

別册文藝春秋『ナイルパーチの女子会』柚木麻子さん著の扉絵

4回目
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5回目
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そして作品などをこちらのタンブラーに移行しました。
http://kyokohirota.tumblr.com

もしお暇でしたら覗いていただけたらとても嬉しいです。


暫くブログも停滞してしまって、何度もふっと思いついた事を文字にしておこうと思っていたのですが、なんだか気分が乗らず。
でもなんにも生産していないと本当に空っぽな人になりそうです。
書きたい事は沢山あるので頭の中のグルグルをまとめて少しづつ書いて行きたいと思います。
posted by kyoko at 01:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月11日

心地いい混乱

今年一番の楽しみはレオス・カラックス監督の映画「ホーリー・モーターズ」。
先日ユーロスペースにて見てきました。最近はこの映画館に足しげく通っています。
そしてこの映画は凄かったです!主人公の男が一晩にいくつかの人の人生を演じるという内容なのですが、
説明もなんにもなく乱暴に狂気的にずんずんと物語は進んでいくので、私は「どういう事?」と混乱していきます。でもこの混乱が私は大好きで心地よいのです。
混乱しながらも一人一人の役が謎めいていて、とても面白いので吸い込まれるように見入ってしまうのです。
初めは理解しよう、答えがあるかもと思って見てしまうけど、理解しようなんて思わずに感覚だけで捉え、思考を委ねる感じで見るとすいすいと泳ぐように見る事ができました。

私も常日頃色んな人の人生に憑依したいと思っているし、他人の事は理解しようとは思わずに妄想憑依しようとお心がけています。
それは時には現実逃避となってしまって自分の世界に着地する事ができなくなる事もあります。
こんな事ばかりを繰り返すと妄想憑依と現実の自分とどっちが虚構なのか分からなくなってしまい、混乱します。でもこれも心地よい混乱なのです。


同じく、レオス・カラックス監督の「汚れた血」という映画が何よりも大好きで、もう何度も見ているのだけどその度ドキドキして、発狂してラストには涙します。この映画の事を考えるだけで恋をしたかのように胸が高まり17歳の頃に戻れてしまうのです。
この映画のラストは本当にとっても素晴らしくて、私の見た映画の中でも一番ではないかとも思うのです。
posted by kyoko at 14:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月09日

描くという事で思った事

知り合いの、とはいっても私が一方的に知っているセツで知り合った女性の方の絵が好きでした。
何年か前までは精力的に活動をしていたのだけど、ここ数年この方のブログは更新されず、新しい絵も載せていないし展示もしていないので今は絵を描いていないのかしら?
たびたび思い出し少しだけ気にはなっている方。どうしいるかなってそういう人が数人います。


先日、絵描き友達と話していた時、彼女は「絵を描いていて良かった。凄く救われている。どんな時でも絵は直ぐ隣にいてくれる。まだ絵を描いていなかった頃は苦しくてしょうがなかった。音楽も映画も好きで沢山インプットしてきたけど、自分は何も出していない。それが辛くて苦しくてしょうがなかった」と言っていたのがとても心に残っています。
なぜなら私も全く同じだったのでとても気持ちが分かるからです。

20代の頃私は絵を描いていませんでした。
音楽、映画、小説、マンガ、そしてもちろん絵を見るのも好きでした。
同じような趣味の友達と過ごし、人が創った物を見ては一緒に感動していました。
その友達はそれだけで人生満足で、それが全てだと言っていました。
私は違うと、何でか分からないけど私はなんか違うとずっと思っていました。
だけど、私もその友達と同じように、これで満足だと思い込ませていた。
何かが違うと頭の片隅にはあったけど、「一体私に何が出来るのだろうか?」と思うとそう思い込ませなければ辛くてしょうがなかったのです。
ずーっとそうやって人の創った物を待つ受け身な人生でいいんだって。


あの頃は本当に霧の中を歩んでいるようでした。いつも目の前はモヤモヤと視界も聴覚も曇っていて、生きているのか死んでいるのか分からないほど、あの頃の記憶もあまり無いのです。
いつも「死にたい」と思っていました。
狭いアパートに夜の闇がやってくると、孤独と貧困の輪郭が目の前にくっきりと現れて、世界中の誰からにも取り残され、私の友達はこの部屋に住むゴキブリだけなんだって、そして永遠にこのままだと思うと、本当に嘘みたいに死にたいと思っていたんだ。
今冷静に考えるとあれは自己喪失だったのだと思います。
誰かが創りだした物に依存する事で自分自身を見つけようと必死で、
常にそれに違和感を持ちながらいたから、だからいつもモヤモヤと霧の中だったのです。


今は嘘のようにとても幸せです。
なによりも絵を通しての素敵な友達ができたし、たとえ今でもそれほどお金が無くても幸せなんです。
私は何で絵を描いているのだろう?と思う事もあります。
誰かに認めてもらいたいのだろうか?もちろんそうだと思う。
今だって、こんな底辺であの部屋のゴキブリと同じで、ウロウロしているだけだけど、
それでも何かちょっと変わるのではないかって思ったりしています。


絵を描くのを辞めてしまった人は、描かない事で救われているのでしょうか?
それが幸せならそれでいいと思うし、他にもっと夢中になれる物を見つけたのかもしれないし。
描く事で救われる人もいれば、描く事で辛くなる人もいるのも現実。
その境界線はとてもとても曖昧で、私だっていつかそっち側に行くかもしれません。
そしたらまたあのアパートでただただ朝がくるのを待つ日々を過ごすだけになるのかもしれません。
posted by kyoko at 19:28| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

春はあまり好きではなかったりするけど、やっぱり本当は好きです。

巷ではおき楽な嘘をついてちょっとばかり人を脅かしてみたり、
テレビでは入社式の映像ばかりで「これから新しく始まります」などとニュースで見たり、こんな光景は落ち込んでいる時に見ると更に落ち込みます。
桜が咲いて、近所の猫も外で楽しそうに遊んでいて、ベランダのビオラちゃんも太陽の方ばかり見つめて、何もかもこんなに新しいのに、キラキラしているのに、現実を見たら私は古くなっていくばかりで薄ぼんやりの影だけを落としただただ黄昏れていくばかりでもう本当に嫌になっちゃう。
でもせめて良い事だけはしようと思い外に出て、この混沌とした町で私は良い事おばさんになろうと誓い、早速駆け足で駅に向かい券売機の前に今日迄の回数券を一枚置き、これを誰かが発見して使ってくれたら、その人はラッキーと思い笑顔になり、小さな幸せを分けてあげられるわと思うと私も笑顔になれました。

そしてさらに町内を歩いているといつも見かける車椅子にのった不良小人さんが、楽しそうにコンビニの前でワンカップの日本酒を片手に仲間と談笑をしていました。
この不良小人さんはいつも町をウロウロしていて、そして楽しそうに誰かと話しているのをよく見かけます。
それを見る度に私も楽しくなり、私はこの方が大好きで、そしてこの混沌とした町が大好きです。
外を徘徊してとても楽しい気分になりました。春には外に出てみるものだな〜と思いました。

そして心機一転、無理矢理にでも新しくなるように前向きに頑張っていこうと思いました。

posted by kyoko at 19:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月12日

余寒お見舞いもうしあげます

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日々の落書きの絵をこちらにアップしました。http://kyokohirota.tumblr.com/
お時間のある的にでも覗いて頂けたら嬉しいです。


あけましておめでとうございます。
2月10日が旧正月だと聞いて、新年の挨拶もままならなかったので今更ながらおめでとうございます。
新年始まって1ヶ月半位たちましたが、この短い期間で私の周りばかりがウヨウヨとざわめく怒濤のような日々でした。
私は毎日変わりなく自分の仕事をこなし寝て食べて息をしているだけなのだけど、考えなければならない事、ショックで落ち込むような事が、私が生きていない世界からやってきました。
それは同時に1人ではないという事だから人との関わり合いが多くなればなるほど心配事も多くなる事なんだと思います。

そして今年から初詣のお願い事は「世界中の人が幸せで笑顔の絶えない世の中になりますように」とお願いする事にしました。
初詣の行列を見ていたら、神様も一人一人のお願い事なんて一々覚えていられないだろうし、周りの幸せがなければ自分の幸せも来る筈がないのだから全ての人が単純に「世界中の人が幸せになりますように」と祈れば神様も「お〜皆がそういうのなら」と考え直し素晴らしい世の中になるのではと思うのです。

皆が幸せになるなんて不可能かもだけど、意外にもヒントは映画の中にありました。
70年代の映画「ハロルドとモード 少年は虹を渡る」。
私はこのモードという79歳のおばあさんがとても好きです。
人の車を勝手に乗ったり、白バイを盗んだり決まりのない自由な人です。
何かを所有するという事を皆がやめれば皆幸せになるという考えの人です。
だからハロルドが「愛している」とおばあさんのモードに指輪を渡すのですが、モードはすかさず指輪を海に放り投げます。そしてモードは「これで永遠になくならないわ」と言います。
このシーンが大好きで、私もこんなおばあさんになりたいと思いました。
所有欲がなくなれば争いもなくなり、みんな幸せになるのではないかしら?
試しに半年だけ日本の人が「いっせいのせ」で所有欲をなくしたらどんな世界になるだろう?
そう思うと少しだけワクワクします。

という私もこの消費社会の奴隷なのです。
生きているうちになんとかこのモードの境地にいきたいです。


posted by kyoko at 03:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月10日

お仕事の絵です。

別册文藝春秋『ナイルパーチの女子会』柚木麻子さん著の扉絵を描きました。
30代女子のドロドロした人間関係を描いたこの小説がとても面白くて、とても好きな文章なのでドキドキしながらすっかり一読者になり読んでいます。
どんな年代でも人間関係は難しくて、自分では当たり前の距離感が相手にとってはズカズカと入ってくると感じたり、誤解を解こうと言葉を重ねれば重ねる程相手が離れていったり、そういう事は女性はきっと誰にでもある話なので『女子あるある』的なお話でもあります。

そして私の好きな少しホラー的文章、
「昭和生まれの掃除機はまるで、大きな鳥の遺骸のようだと思う」
「黒いコードがひゅるひゅると吸い込まれる様も飛び出した腸が戻っていくみたいでグロテスクだ」
「茶こしの中のあられが水死体のごとくふくれあがっていた」

という表現が、不吉な予感で胸が高まり、怖いもの見たさのワクワク感でページをめくります。

2回目の絵
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3回目の絵
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(1回目の絵はこちらです)

これからおこる不吉な予感が少しでも感じられたらと思い描きました。
文章を絵にするのは本当に面白いです。
小説を読むのって私にとっては、脳内に映画上映している感覚です。
なので映画のポスターを想像します。
作家さんだったらどんなポスターが良いだろうと想像しながら描きました。
正解はないけれど、もっと素敵な絵が描けるようになりたいです。

小説は益々ひっくり返る程面白くなってきましたのでご興味がある方は是非お手にとり読んでみて下さい。




posted by kyoko at 03:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月07日

お仕事をしました。そしてホームページに絵を追加しました。

別册文藝春秋11月号 『ナイルパーチの女子会』柚木麻子さん著の扉絵を描きました。
大好きな本のお仕事でとても嬉しいのと、そしてなによりもこの小説がとっても面白いのです。
読み始めて直ぐに文章の中に吸い込まれ、ドキドキしながら読み進めました。
女性の方はきっと「私にも似たような事ある」と直ぐに入り込め、文章を読むにつれドキドキすると思います。
こんな面白い小説を読めるのはとっても幸せです。
そしてどんな絵を描こうと考えるのも、緊張しますが楽しくてしかたありません。

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それと先日の展示の絵などをホームページに追加しました。
お暇でしたら是非覗いて下さい。



posted by kyoko at 02:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月06日

ありがとうございました。

「リキテックスアートプライズ2012」無事終了しました。
お忙しい中足を運んで頂いた方、投票して頂いた方ありがとうございました。
85人の展示は今迄経験のない壮大のグループ展のようでもあり、
個展の集合のようでもあり、
普段あまり接する事がないタイプの絵に1日で沢山であう事ができたのでとても刺激になりました。
それと同時に「絵を描く人がこんなにもいるんだ」と思うともっともっと絵が溢れる世界になって欲しいと切実に思います。

そしていつも展示に見に来てくれるお友達とお世話になった方が集まり、楽しそうに話している光景を見るだけでも幸せでした。

お忙しい中駆けつけてくれた方、初めてお会いした方、長い時間ずっと残り搬出まで手伝ってくれたお友達、感想ノートにとても励みになる言葉を書き残して下さった方、本当にありがとうございました。
皆さん優しい方ばかりで、出逢えただけで絵を描いていて良かったと思います。
この日の感動は永遠です。

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posted by kyoko at 20:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月04日

展示のお知らせです。

リキテックスアートプライズ2012」のアートフェアに参加します。
お友達の川村レイコさんも参加します。

2012年9月29日(土) 10:00 - 18:00 (入場は17:30まで)
会場:ラフォーレミュ−ジアム六本木 (東京都港区六本木1-9-9 六本木ファーストビルB1F)
入場料:500円


それに伴いWeb一般審査が9月24日(月)まで行われています。

とてもとても面白い絵が沢山出展されていますのでお暇でしたら覗いてみて下さい。
私は去年のマルプギャラリーでの個展の絵を一般審査に出しています。
そして今回のこの展示は去年の個展「零れ宇宙」の続きの絵を描いて行こうと思います。
私の中ではまだまだ描きたい絵があって、頭の中には壮大に広がっているのですがまだそれを頭の中から解放していないので、でも今回このような機会が出来たので思いっきってぽとりと産み落として行こうと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

posted by kyoko at 16:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ロバのお礼

もう大分前になりますが「ロバミュージアム 2012」無事終了しました。
暑い中、ロバに逢いに足を運んで頂きありがとうございました。
たじまひろえさんから「ロバを一緒に描きませんか?」と誘って頂き、
合作は初めてなのですが、私はたじまさんの絵と一緒になれるなんて絶対面白くなるともう予想は出来たので二つ返事でお受けする事にしました。
たじまさんの住む湯河原から、ひろえロバが一人山をおり、
よっこらしょっと私のマンションのドアを叩き暫く近所の鳥と戯れ、
そして私が生み落としたロバと一緒にお喋りをしながら今度は二人で湯河原へ。
旅をする度に絵が増えるという楽しい楽しい旅でした。

そしてお喋りに夢中になるロバが完成!
roba.jpg

今回こんな風に誘われなかったら私はロバを描く事はなかったし、こんな素敵な合体ができて誘って頂きとても感謝です。
そして私の中に「今度はこんなロバを描きたい」とか「又今度はこんな風に合体したい」と沢山沢山やりたいことがグググっと芽生えてきました。



posted by kyoko at 16:11| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月29日

展示とミヤケンとニシケン

Tambourin Gallery Presents/ロバミュージアム 2012
2012_7/31(火)〜8/12(日)<8/6月曜日休>

に参加します。
名前は「弘田ひろえ」で参加します。
なぜこんな名前かというと、たじまひろえさんとの合体したからです。
こういうのをユニットと言うのでしょうか?
このユニットという言葉に何だか気恥ずかしさを感じてしまいます。
同じ画面に描くというのはどうにも遠慮してしまいがちですが、それを乗り越え面白い作品が出来ました。
参加者は錚々たる顔ぶれですのでとても楽しみです。
とても面白い展示だと思いますのでお近くに来た際には是非お立ち寄り下さい。



最近は、部屋の気温が37度を超えるとどうにもこうにもじっとしていられず、汗をダラダラ垂らしながら朦朧としてなんにも手につかないので暇がある時はお昼過ぎあたりから図書館で2時間程過ごすのが日課となりつつあります。
本はそんなに読む方ではないですが図書館だと涼しさも相まってとても集中して読めます。
先日は西村賢太さんの『苦役列車』を読んできました。
噂では聴いていたのでどんなダメ人間ぷりが描かれているのかしらと、私よりダメなら見下してやろうくらいに思い期待して読んでみたものの、予想に反してそれ程ダメ人間ではなく、私にはとてもたくましく感じられました。
性犯罪者の父親を持ち、中卒で一人暮らしをして日雇いで生計を立て15で風俗通い、酒をくらい貧乏卑屈で人に絡み妬み恨み・・・・だけど10代なんて自分が何者かも分からないし、夢なんてなくて当たり前だし、私には好感とは言わないけどある種の親しみににた感情が芽生えました。
それと人の母となってもよい歳の私のありあまった母性のせいかもしれませんが、この主人公の行動が可愛くも思えました。
しかも読んでいるうちに彼の行動におかしみが湧いてくるのだから、
なんだかんだ言って私は卑屈でも自分の中の毒を面白く放出している人が好きなんだなと思います。


そして最近ちょこっと読んだのが宮沢賢治。
宮沢賢治は確か小学校の頃「よだかの星」を読んだのだけどあまりハマりませんでした。
だけど先日、お友達の南さんに「グスコーブドリの伝記」の試写にさそってもらってとても興味をもちポッドキャストで宮沢賢治の作品を聴いていました。
宮沢賢治は自己犠牲精神、宇宙全体の幸せを願う人で常に誰かの幸いの為に何ができるだろうと考えている聖人君子のような人に感じました。
そして「よだかの星」を改めてよんだのだけどこれは酷い。
外見が醜い鳥だと仲間の鳥にはバカにされ嫌われているよだか。
しかもとても衝撃だったのは自分が生きる為に沢山の虫を食べる事を嫌悪し、虫を食べるときの喉元のカシャカシャという感触にも嫌悪する。
そして絶望し星になりたいと願い夜空を飛びまわりやっと星になれる。
そう、この話は自己犠牲ではなく自己否定の話ではないかしら。
何でこんなに自虐的なの?一体何を伝えたいのかさっぱり分からない。
なんで一番純粋で優しい鳥が醜いが為に虐められて星にならなけらばいけないの?
それだったらせめて最後に「本当に心の美しい鳥しか星にはなれません」というのを付け加えて欲しいです。雨ニモマケズだかなんだか知らないけど、可哀想すぎる。
それに読んでいると賢治もちょいちょい毒を吐く。
よだかの事を「醜い鳥」といいきるのも賢治、悪い奴だな〜と思ったし、
「あの人はバカなのではないだろうか」とかちょっとバカにしたような、自分が優れているような事が描かれているのもある。
だけど後になって「あの人の幸いの為に何ができるのだろうか?」と言い出す。
自虐的だったり、人を見下したり、賢治はもしかして心がかなり不安定なのかしら?


名前に同じ「賢」がつくけど先ほどの西村賢太さんとはかけ離れている二人。
しかも西村賢太さんの方が宮沢賢治よりマトモでちゃんと地に足をつけ生きているように感じます。
でもそれだけ宮沢賢治の人格はとても興味深く、他の本も読んで読み解いてみたいとも思います。



posted by kyoko at 20:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月07日

音の鍵

過ぎ去った日々の写真を見ると胸がザワザワするのは何でだろう。
この風景は変わらず今もあるのに、写真の中の人はもういなかったり、
きっともう一生逢う事はなかったりするから
私は記憶の中のその人を探します。
頭の中の普段は触れない場所に小さな虫が入り込んで、
痒くてたまらないから、
その虫を探すように、
私は形のない欠片の姿を探している。
そんな日々が最近続いているのはきっと雨音のせいだと思います。
ノスタルジアが遠慮なしに襲って来て、夜中に急に目がさめて
もの悲しさに心が染まってしまう。
それは大抵が知らないうちに雨が降っている夜なのです。
私だけがそうなのかは分かりませんが、
雨音は何か心に作用するそんな力があるような気がします。

音というのは不思議で、瞬間に消えてしまうのだけど、
昔良く聴いていた曲が流れてくるとその時の何気ない光景が脳裏に映し出されます。
それは昔住んでいたアパートでチャーハンを食べている光景だったり、
昔よく遊んだ友達の笑い顔だったり、
大嫌いだけど、それでも好きだった人だったり。
音が小さな箱の鍵をカチャと開けて
僅かに空いた隙間から光が一直線に飛び出してきて
パラパラとその頃の映像を映し出します。

今私がこうしている時の音も、
今この瞬間の光景に仲良くひっついて
せっせと箱に閉じ込めて記憶と混じりあっています。


posted by kyoko at 20:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする