2010年09月01日

空から言葉が降りて来たので拾い集めた自己満的文章です。

M的妄想前世

家から駅までの銀杏並木の一本道。セミの鳴き声を片耳に、風一つ吹かない頭上の青すぎる青に目を背けながらただひたすら歩く歩く。
乳房の下を流れる汗の間際らしさにどうにか耐えながら三つ目の信号で立ち止まる。その時、足下の地面が湾曲して身体が地球にぐわっと吸い込まれる感覚に襲われ、そして確かに感じた僅か1ミリの刺すような冷気。
それは鋭い線で私の頭を突き刺し、私の脳裏に、ある映像と凍り付くような寒さと孤独を注入して貫通していった。

私の脳裏にめくるめく蘇る懐かしくて冷たい記憶。
私は二畳程の部屋で膝を抱え、この部屋に一つだけある窓の外の景色をずっと凝視していた。
窓は横30センチ縦20センチくらいの大きさで、この部屋で私が見る動く物といったらこの四角い窓の外の景色だけ。
この日の午前二時の約A4サイズの窓から見える景色は黒い闇の中にただただ白い点々が上から斜めに落ちてくるだけで、たまにその白い点々の角度が変わるだけの景色を私はまるでテレビを見るような感覚で只ひたすら見入っていた。

この部屋に私はもう10年近くはいる。どうして、なんの為に此処に閉じ込められているのかは分からないが、ただただこの小さな小窓スクリーンで映像が変わるのをずっと見ているだけ。
やがて数時間が過ぎて鳥の鳴き声が聞こえてくると窓から弱々しく、微かな光がさして来る。私は唯一この光だけに微かな希望を見いだし、胸躍らせ、自由に飛び回る鳥達に自分の姿を重ねて「自由になりたい」と心の中で何度も叫ぶ。
そして立ち上がり、窓の外に永遠に続く真っ白だらけの世界を見た。
そのうち私は、このA4サイズ位のスクリーンに映す映像を自分の中でも創りだすようになる。
それは目を瞑って頭の中にこのスクリーンを貼付け妄想をそこに映し出す。

さっき妄想していた映像は、家から駅までの銀杏並木の一本道。セミの鳴き声を片耳に、風一つ吹かない頭上の青すぎる青に目を背けながらただひたすら歩く歩く。乳房の下を流れる汗の間際らしさにどうにか耐えながら三つ目の信号で立ち止まる。足下の地面が湾曲して身体が地球にぐわっと吸い込まれる感覚に襲われ、そして確かに感じた僅か1ミリの刺すような冷気。
それは鋭い線で私の頭に突き刺し、私の脳裏に、ある映像と凍り付くような寒さと孤独を注入して貫通していった。

私の脳裏にめくるめく蘇る懐かしくて冷たい記憶。
私は二畳程の部屋で膝を抱え・・・・
そしてやがて朝がやってきて。私はこの弱々しい光に微かな希望を見いだし自由になりたいと心の中で何度も叫び・・・・
そして夜が来て又頭の中にこの小窓をスクリーンを貼付け、妄想を映し出す。映すのだけどこの映像は必ず3つ目の信号の所で例の出来事が繰り返し繰り返しで、

無限にただただクルクル回っている現世と妄想前世の世界。いったいどちらが現実なのか、その栄え目が分からず断ち切る事が出来ずクルクルと今も私は孤独の二畳の部屋と真夏の家から駅までの一本道を繰り返し回っている。
posted by kyoko at 23:25| 半分妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする