2013年12月01日

一瞬の中の永遠を凍らしたわ

「宇宙は永遠」それは私が子供の頃からの常識でした。
難しい宇宙の法則は分からないけど、永遠に膨張しているってそう聞いていました。
そして宇宙以外に永遠はあるのかしら?この地球上に永遠はあるのかしら?とずっと永遠を探すため私は旅をしていました。
そして数年前、旅につかれボロボロになったある日結局永遠なんてこの世には存在しないのではと思い始めました。
無いなら永遠なんて言葉は必要ないのではとも思い始めた矢先、永遠を見つけました。
永遠を見つけた瞬間、映画「気狂いピエロ」のラストシーン、そうあのランボーの詩、
「見つけた。何を。永遠を。海と溶け合う太陽を」
を思い浮かべました。

私が最初に永遠を見つけたのは音楽の中にでした。
大好きなバンドのライブを見に行った時、自由奔放な音の中にある純粋なものにこの上なく感動しました。
その時思ったのです。
「みつけた。永遠を」と。
一瞬、心がキューとなりました。この感覚は何と表現してよいのか分からないのだけど、兎に角この一瞬の中に永遠を見つけたのです。この時の一瞬の感動は永遠なんだ、キラキラとしていて絶対色褪せる事ないんだと。
永遠は一瞬の中にあるんだと。私はそう確信しました。
この一瞬の感動には人生をかえる程の衝撃が確実にあります。
幸せはそれに出逢うかどうかなのではないかって。
何で今迄気がつかなかったのだろう。多分世の中の皆は気がついていたのだと思うのだけど。
それまで私は人の心の中に永遠を見いだそうとしていました。
でも心は不確かで、自分でも自分の心をコントロール出来ず、うつろい変わる物なのです。

永遠は、映画の中にもありました。
最近の事だと、先日観た「ウォールフラワー」という映画の中にも永遠をみつけました。
高校生活の物語なのですが、映画の中で車を走らせDavid Bowie の Heroesの曲が始まると女の子が車の天井の窓から身を乗り出し腕をのばし車が疾走するシーンの中に永遠を見つけました。
そう思った直後、映画の中で「この瞬間こそ僕らは無限だ」とナレーションが入りました。
何だか映画とシンクロした気分になりました。

映画『汚れた血』にもDavid BowieのModern Loveで疾走するシーンがあります。
これも永遠を感じまくりました。
そしてラストの疾走のシーンも気が狂うほど永遠でした。

私はそんな生活の中の永遠を沢山あつめて凍らして、一瞬のキラキラをいつまでも眺めていたいです。
これはそんな思いで描いた絵です。

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一瞬の中の永遠を凍らしたわ
posted by kyoko at 16:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする