2012年03月30日

パブロフの春

本当にあの砂壁が嫌でした。
所々にピカピカするのが入っているあの砂壁。
広さの割には家賃が安いからといって住み始めたあのボロアパート。
今のマンションに住む前に6年も住んでいて、地震で倒壊する恐れがあるから取り壊されたボロアパート。
あんな部屋でさえいざ引っ越しとなると、大嫌いだった砂壁ともうお別れと思うとちょっと寂しくもなりました。
最後部屋を出る時は一緒に住んでいた幽霊らしき何者かと砂壁にさよならとお礼を言い出て行きました。
次の引っ越し先はあのボロアパートに比べればとても綺麗な所なのに、何で名残惜しいのだろう。


それはまるで卒業のあの時の感覚にも似ているなとも思いました。
もう、本当にこの学生生活にも飽き飽きしていて、楽しい事なんかあまりなかったし勉強も嫌いだったから本当に早く卒業したかった。
早く自由になりたかった。そして未知の新しい世界に早く行きたかった。
でもなんでだろう、もう飽き飽きしていたあの通学路も校舎も学生生活もいざもう行かなくてすむかと思うと寂しさがジワリジワリと湧いてきて、愛おしくも思えてきます。
突然に今までの日常に終止符をうち、そして寂しさの次に襲ってくるのは新しい環境への不安と期待と得体のしれないドキドキ。
そのドキドキはいつのまにか日常に溶けこみ消え失せてしまうけど、何十年たった今でも春が近づく度に蘇ってきます。
今の私の環境は何一つ変わらないのだけどうっすらと蘇ります。
それは私の細胞に埋め込まれているかのよです。
鶯の鳴き声、梅の匂い、春まじりの風、それらが私の五感の隅々まで刺激して春のスイッチが入ります。
すると得体のしれないドキドキが襲ってくるのです。
それはまるでパブロフの犬のように、後天的に積み重なれた強烈な感覚。
そしてこの宙に浮いた行き場のないドキドキを抱えた心は春を彷徨います。
これを思うと、春に気狂いの人が出現するのも何だか分かるような気がします。
春に間違えて押された気狂いスイッチ。
それは誰もがそうなる可能性がある日本人の性なのかもしれません。


posted by kyoko at 14:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月10日

押しつけ絆

今、義父母は福島の仮設住宅で生活をしています。
同じ仮設に可愛い小さな子供がいたので義父母はお菓子などをあげていたら、
ある日その子供の両親とお祖母さんが義父母の部屋に上がり込んで来て「お金を貸してほしい」と言ってきて、なかなか帰らないのでお金はきっと返ってこないだろうと思ったけど貸したそうです。
それから義父母はその家族を避けるようになり、その家族は義父母が外から帰ってくる度に駐車場まで子供をつれて出てくるようになったそうです。
確かに色んな所から集まってきた集合住宅、殆どが良い人で皆が皆そうではないけどこんな事も本当にあるんだとびっくりしました。


「テレビの中では絆、絆というけど現実は違う。ここ仮設にいても周りと付き合いは殆どない」
「子供と奥さんは遠くに住んでいて金銭的にもきついし戻って来て欲しいけど子供の事を思うとそうは言えない。離婚した人もいるし絆なんてテレビの中で盛り上がっているだけだ」
「息子さんを亡くした知人にはもう前のように子供の話ができなくなり、今まで仲良かったけど疎遠になってしまった。同じ被災地でも同じ境遇とは限らない。」
等と先日テレビのニュースで福島の仮設住宅にすんでいる人の声が取り上げられていました。

これを聞いて私は何も分かっていなかったと思い知りました。
この偽善臭い「絆」という言葉をそう容易く使うのは間違いなのかしらとも思いました。
私が思うテレビの中で言う「絆」とは「早く復興して欲しい気持ち。」「ボランティアでも寄付でも出来る事は何かしようという行動」を「絆」と言うのだと思ったけど捉え方が違いました。
これは私達側が思う絆でその考えは生温かったのです。


でも正直「絆」って良く分かりませんので意味を辞書で調べてみたら
「人と人との断つことのできないつながり。離れがたい結びつき。」
とあります。
確かに同じ境遇だと親近感がわき強いつながりを感じます。
でも私が相手につながりを感じていても相手がそうは思っていなかったらそれは絆でもないし、
人の心は変わるから、いくら何十年も強い絆で結ばれていると思っていてもほんのちょっとの誤解で簡単に絆は壊れます。
信用出来て初めて絆は生まれるもの。
よく誰かに「私はあなたを信用しているよ」と言うけど、それを口に出したとたん信用した人のエゴになると私は思っています。
「信用している」と言った瞬間、言われた方はその言葉に縛られて生きて行かなければならないから。
本当に信用しているとは、信用している相手に裏切られてもそれでも許す事ができて初めて「信用している」と言え、そこから絆が生まれるのではないかしら。



昔ある男の人から「君とは友達でいたい」と言われた事があります。
若かった私は
「友達って友達になりましょうと言ってなるのではなくて、気がついたら友達になっているものでしょう。
あなたが「友達でいよう」と言った瞬間それはもう友達にもなれないという事だよ。」
と答えた事があります。
「友達でいよう」というのは本当にずるい言葉です。
テレビで言う「絆」もこの「友達でいよう」という言葉と同じ匂いがします。
この「絆」という言葉で悲しむ人もいるという事。
友達にはなれっこないと分かっているのに「友達でいましょう」と言う。
お互い求めている物が違えば絆なんてうまれないし友達にもなれません。


絆とは相手との物理的な距離ではない。
その認識が違うと「絆」という言葉がただの偽善になってしまうのです。
絆も優しさもなんでも押し付けたらそれに苦しむ人がいると言う事を改めて実感しました。
posted by kyoko at 15:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月04日

私はいつも変わりたいと思っている。

上京して初めて出来た友達と、初めて東京のクラブに行った時の事を今でも鮮明に覚えています。私は飲み物を頼むためカウンターの列に並んでいました。前には若い男性2人が並んでいて私はその2人の遣り取りに目が離せませんでした。
何故かと言うと、2人本当に仲良さそうに寄り添い手をつないでいたから。そして人目も気にせずさりげなくするっとキスをしていました。
タバコの煙が渦巻く怪しく薄暗い店内、ドンドンと心臓に響く音楽、それは映画の中に迷い込んだのではないかと思う程素敵な光景で私はドキドキしながらその2人の時間と瞬間を見ていました。
その仕草もしなやかでお洒落。ベレー帽に丸襟のチェックのシャツという出で立ちで、その時初めて「あ〜私、東京に来たんだ」と実感しました。

あれから20数年、先月私は誕生日を迎え、「教師生活25年」というお決まりの台詞のど根性がえるの町田先生の年に徐々に近づいていると思うと軽い目眩と焦燥感に襲われ、心はバタッとつんのめった気分でした。
何をそんなに焦っているのだろうかと考えました。
私は常に変わりたいと思います
その変わりたいという漠然とした思いで上京しました。
果たして上京して私は何か変わったのでしょうか?
あの頃一緒に遊んで、私とさほど変わりない生活していた友達もどんどん変わっています。
環境が変われば考えも少しずつ変わっていくようです。
一番の原因は家庭をもち、子供をもつという事です。

結婚はしたけど子供はいない私は相も変わらず、本当に相も変わらずで、
でも上京したあの日から変わった事は「絵」を描いている事です。
上京して10数年目でやっと念願の絵の学校セツに通いました。
そして絵を描き始めて今年で10年が絶ちます。
その意味では私の環境は大きく変わりました。
いつも変わりたいと思っているその気持ちは変わりませんが、その思いは漠然としたものではなくて、どうにかして絵で変わりたいと思っている私がいます。

外に出てもいつも何かアイディアを求めています。
何かネタとなるドキドキする瞬間を探しています。
それは初めて行ったクラブのあの二人の男性のキスを見た時のドキドキを自分の絵で感じたいと思うからです。

時がただただ無駄に過ぎているのではない、私の漠然とした変わりたいという気持ちは今はどうして変わりたいと思うか、理由がはっきりと胸にあります。
それは私の幸せな変化でもあります。

この先どうなるかは全く分かりません。
あの頃と変わらないのは目の前はいつももやもやの霧で、ただただ今だけをもがいているのは変わりません。
それでもこれから10年後何か変わっているか、10年後の私を見るのが恐ろしくもあり楽しみでもあります。


posted by kyoko at 02:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする